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久しぶりにブログを更新してみた。
歴史の趣味関連で現在していることは、ゾロアスター教関連の文献を読み直し。
エリュマイス王国の簡単な歴史をまとめるために文献を集めてみたが、今のところ頓挫。
アルシャク朝通史を最初から読み直して、誤字や辻褄の合わない所、用語の統一などをしている最中。
アルシャク朝通史の後半を書くために、まずは古典文献からアルシャク朝に関する部分を抜き出して、メモし整理。
いずれも時間が無くて全然進んでいません。
取りあえず、通勤中の電車内で論文と本を読んでますが、書き物をしようとする時間がとれないのであった。
いやあ、しかしゾロアスター教の開祖ザラスシュトラの生地や活動期間に関しては定説が全くなく、学者さんによって意見がばらばらなのですな。個人的には紀元前1000年前後説より、紀元前600年前後説の方がおもしろいですが・・・。
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エリュマイス王国の簡単な歴史をまとめるために文献を集めてみたが、今のところ頓挫。
アルシャク朝通史を最初から読み直して、誤字や辻褄の合わない所、用語の統一などをしている最中。
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![]() | Zarathustra and Zoroastrianism (2008/12/30) Michael Stausberg 商品詳細を見る 発行年が新しいゾロアスター教に関する入門書。ドイツ語版が2005年、英語版が2008年。注文したけど在庫なしだった・・・。評判良さげなので買おう買おうと思ってたのだが機会を逃してしまったなあ。 |
![]() | ヨーロッパ中世の時間意識 (2012/05) 不明 商品詳細を見る 大月先生の「ビザンツ人の終末論」などビザンツ関連の論文がいくつか載っている。買いたいのは山々だが、お金がつきたのでしばらく様子見。いずれ図書館で借りるかな。 |
![]() | 国境の出現 (中央ユーラシア環境史) (2012/04/06) 不明 商品詳細を見る アルシャク朝を知るためには遊牧民を知らねばとか思い読んでみた。なかなかおもしろいかったです。 |
いやあ、しかしゾロアスター教の開祖ザラスシュトラの生地や活動期間に関しては定説が全くなく、学者さんによって意見がばらばらなのですな。個人的には紀元前1000年前後説より、紀元前600年前後説の方がおもしろいですが・・・。
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アルサケース朝の貨幣覚え書き。
また中央の神像の上下左右には、ギリシャ語の称号や銘文が刻まれることになる。
セレウコス朝のものとほぼ同じであり、その支配が前王朝のものを制度としても引き継いでいることの証左でもある。称号は基本属格として「〜の」という形で記されており、表面の肖像で表される現行のアルサケースを形容している。
主たる称号としては以下のようなものがある。大部分はセレウコス朝や周辺のヘレニズム諸国で採用されたものと同じであるが「ギリシャ愛好家」など独自のものもある。
ΒΑΣΙΛΕΩΣ 王
ΒΑΣΙΛΕΩΣ ΜΕΓΑΛΟΥ 大王
ΒΑΣΙΛΕΩΣ ΒΑΣΙΛΕΩΝ 諸王の王
ΑΡΣΑΚΟΥ アルサケスの
ΦΙΛΟΠΑΤΟΡΟΣ 神を父に持つもの
ΕYΕΡΓΕΤΟY 善行をなす(者)
ΕΠΙΦΑΝΟYΣ 現人神 エピファネス
ΦΙΛΕΛΛΗΝΟΣ ギリシャ愛好家
ΔΙΚΑΙΟY 正義をなすもの
ΑΥΤΟΚΡΑΤΟΡΟΣ 独裁者
ΝΙΚΑΤΟΡΟΣ 勝利者
ΦΙΛΟΠΑΤΑΡΟΣ 父を愛する者
ΘΕΠΑΤΙΙ 神の
ΘΕΟΠΑΤΟΡΟΣ 神の子
ΘΕΟΠΑΤΡΟΥ 神なる父
ΣΩΤΗΡΟΣ 救世主ソーテール
ΜΕΓΑΣ 大王
各皇帝の貨幣については、ここを参照
この中では「ΑΡΣΑΚΟΥ アルサケースの」と言う称号が重要である。全てのアルサケースの貨幣に刻まれている事は当然の様に思われるが、王を意味するΒΑΣΙΛΕΩΣと同時に刻まれていることや、逆にΑΡΣΑΚΟΥや他の称号は刻まれているにもかかわらずΒΑΣΙΛΕΩΣが刻まれていないケースもある。
この事はアルサケースの称号が「王」を意味していないことを示している。これは同じく「諸王の王ΒΑΣΙΛΕΩΣ ΒΑΣΙΛΕΩΝ」を貨幣に刻んだクシャーン朝のヴィマ・カドフィセース2世の例を参考にできるだろう。彼は貨幣で「クシャーンの、諸王の王、ヴィマ・カドフィセース」と刻んでおり、個人名を刻んでいるという違いはあるものの、アルサケースとクシャーンが君主の称号として同じ意味合いを持つと考えられる。
クシャーンは従来ヘラウスと言う名とされていた王朝の開祖の個人名あるいは祖先神の名であると推定される(なおヘラウスは月氏の言葉で何らかの意味を持つ称号であると解釈されるが詳細は不明)。クシャーンは英雄的人物として、王家直属の出身部族の首長が代々名乗るものであったのだろう。
おそらくは、そのモデルとなったアルサケースも同様であり、パルノイ族の族長が名乗る称号であったと思われる。バジレイオスは、主にギリシャ系の人々の王としての称号であり、都市を広範囲に支配して初めて名乗れるものであったのだろう。
また「神」と「現人神」と名乗ることがあったことも目を引く。アルサケースの生前の神聖化がどの程度行われたか不明であるが、息子の代に父アルサケースを神格化することは行われた。確実に神格化された主な皇帝はアルサケース1世、プリアーパティオス、ミトリダテース1世と2世である。貨幣に「神の子の」などと銘文を刻ませるからには、父親か母親の血統を誇示する必要があるアルサケースであった可能性がある。
称号は基本的に父たる先代のアルサケースのものを基本的に継承する場合が多かった。もし類似性が認められない場合、皇位継承に関して何がしかの問題が発生したと考えるべきだろう。
時に裏面と表面のデザインの不一致が存在するケースもある。表の肖像が新しい別のアルサケースであるにもかかわらず、裏の銘文や意匠は以前のアルサケースと同じと言う貨幣も存在する。これは新たなアルサケースが即位にあたって急遽貨幣を鋳造する必要が生じた際、新しいダイスが間に合わなかった時などに行われる。簒奪や戦乱やらが原因位の政治的混乱が背景にある場合が多い。行軍しながら各都市を占領して行ったとき、占領した都市で貨幣を鋳造させ、周辺住民に支配者の変更を知らしめる際などである。
もちろん技術者の単純なミスと言う可能性も排除出来ないが。
あるいは簒奪し殺害した前皇帝や地方王朝の貨幣のダイスを一部修正して使用したり、古いものをそのまま使って貨幣を作成し、職人が文字や浮彫に手を加えて丁寧にデザインを変えて使用する事もあった。
こうした臨時発行の貨幣はいったい誰が発行した貨幣であるか古銭学者達を悩ますことになるが、それを見極める事がアルサケース朝の諸皇帝の在位期間を推測する時に必要になるのである。
また中央の神像の上下左右には、ギリシャ語の称号や銘文が刻まれることになる。
セレウコス朝のものとほぼ同じであり、その支配が前王朝のものを制度としても引き継いでいることの証左でもある。称号は基本属格として「〜の」という形で記されており、表面の肖像で表される現行のアルサケースを形容している。
主たる称号としては以下のようなものがある。大部分はセレウコス朝や周辺のヘレニズム諸国で採用されたものと同じであるが「ギリシャ愛好家」など独自のものもある。
ΒΑΣΙΛΕΩΣ 王
ΒΑΣΙΛΕΩΣ ΜΕΓΑΛΟΥ 大王
ΒΑΣΙΛΕΩΣ ΒΑΣΙΛΕΩΝ 諸王の王
ΑΡΣΑΚΟΥ アルサケスの
ΦΙΛΟΠΑΤΟΡΟΣ 神を父に持つもの
ΕYΕΡΓΕΤΟY 善行をなす(者)
ΕΠΙΦΑΝΟYΣ 現人神 エピファネス
ΦΙΛΕΛΛΗΝΟΣ ギリシャ愛好家
ΔΙΚΑΙΟY 正義をなすもの
ΑΥΤΟΚΡΑΤΟΡΟΣ 独裁者
ΝΙΚΑΤΟΡΟΣ 勝利者
ΦΙΛΟΠΑΤΑΡΟΣ 父を愛する者
ΘΕΠΑΤΙΙ 神の
ΘΕΟΠΑΤΟΡΟΣ 神の子
ΘΕΟΠΑΤΡΟΥ 神なる父
ΣΩΤΗΡΟΣ 救世主ソーテール
ΜΕΓΑΣ 大王
各皇帝の貨幣については、ここを参照
この中では「ΑΡΣΑΚΟΥ アルサケースの」と言う称号が重要である。全てのアルサケースの貨幣に刻まれている事は当然の様に思われるが、王を意味するΒΑΣΙΛΕΩΣと同時に刻まれていることや、逆にΑΡΣΑΚΟΥや他の称号は刻まれているにもかかわらずΒΑΣΙΛΕΩΣが刻まれていないケースもある。
この事はアルサケースの称号が「王」を意味していないことを示している。これは同じく「諸王の王ΒΑΣΙΛΕΩΣ ΒΑΣΙΛΕΩΝ」を貨幣に刻んだクシャーン朝のヴィマ・カドフィセース2世の例を参考にできるだろう。彼は貨幣で「クシャーンの、諸王の王、ヴィマ・カドフィセース」と刻んでおり、個人名を刻んでいるという違いはあるものの、アルサケースとクシャーンが君主の称号として同じ意味合いを持つと考えられる。
クシャーンは従来ヘラウスと言う名とされていた王朝の開祖の個人名あるいは祖先神の名であると推定される(なおヘラウスは月氏の言葉で何らかの意味を持つ称号であると解釈されるが詳細は不明)。クシャーンは英雄的人物として、王家直属の出身部族の首長が代々名乗るものであったのだろう。
おそらくは、そのモデルとなったアルサケースも同様であり、パルノイ族の族長が名乗る称号であったと思われる。バジレイオスは、主にギリシャ系の人々の王としての称号であり、都市を広範囲に支配して初めて名乗れるものであったのだろう。
また「神」と「現人神」と名乗ることがあったことも目を引く。アルサケースの生前の神聖化がどの程度行われたか不明であるが、息子の代に父アルサケースを神格化することは行われた。確実に神格化された主な皇帝はアルサケース1世、プリアーパティオス、ミトリダテース1世と2世である。貨幣に「神の子の」などと銘文を刻ませるからには、父親か母親の血統を誇示する必要があるアルサケースであった可能性がある。
称号は基本的に父たる先代のアルサケースのものを基本的に継承する場合が多かった。もし類似性が認められない場合、皇位継承に関して何がしかの問題が発生したと考えるべきだろう。
時に裏面と表面のデザインの不一致が存在するケースもある。表の肖像が新しい別のアルサケースであるにもかかわらず、裏の銘文や意匠は以前のアルサケースと同じと言う貨幣も存在する。これは新たなアルサケースが即位にあたって急遽貨幣を鋳造する必要が生じた際、新しいダイスが間に合わなかった時などに行われる。簒奪や戦乱やらが原因位の政治的混乱が背景にある場合が多い。行軍しながら各都市を占領して行ったとき、占領した都市で貨幣を鋳造させ、周辺住民に支配者の変更を知らしめる際などである。
もちろん技術者の単純なミスと言う可能性も排除出来ないが。
あるいは簒奪し殺害した前皇帝や地方王朝の貨幣のダイスを一部修正して使用したり、古いものをそのまま使って貨幣を作成し、職人が文字や浮彫に手を加えて丁寧にデザインを変えて使用する事もあった。
こうした臨時発行の貨幣はいったい誰が発行した貨幣であるか古銭学者達を悩ますことになるが、それを見極める事がアルサケース朝の諸皇帝の在位期間を推測する時に必要になるのである。
![]() | 果樹園 ブースターン (東洋文庫) (2010/07/10) サアディー 商品詳細を見る |
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最近の読書や近刊情報など。
![]() | 古代ローマ人の24時間 ---よみがえる帝都ローマの民衆生活 (河出文庫) (2012/04/05) アルベルト・アンジェラ 商品詳細を見る 近年スマッシュヒットしたローマ帝国本。お風呂漫画映画化記念で文庫化され安くなりました。 |
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![]() | サテュリコン―古代ローマの諷刺小説 (岩波文庫) (1991/07/16) ガイウス ペトロニウス 商品詳細を見る 再版記念と言うことで。「トリマルキオの饗宴」を含む風刺小説。 |
![]() | ローマ帝国愚帝物語 (新人物往来社文庫) (2012/04/06) 新保 良明 商品詳細を見る ローマの「暴君」達を何人か取り上げて解説した本の文庫版。お風呂漫画万歳であるな。 |
![]() | ローマ帝国とアウグスティヌス―古代末期北アフリカ社会の司教 (2009/05) 長谷川 宜之 商品詳細を見る まじめに専門書も読んでみる。 |
アルサケース朝の貨幣についての覚え書き
アルサケース(アルシャク)朝研究には古銭学な見地が欠かせない。碑文も少なく同時代の文献資料がほとんど無いアルサケース朝時代の研究において、貨幣とその銘文が語る情報は、特に歴代のアルサケースの在位年などを推測する唯一の材料となるケースが多いからだ。
アルサケース達が発行させた貨幣は、主にドラクマ銀貨(約3.2g)、テトラドラクマ銀貨(約11.5g)と銅貨であり、多くの種類が発見されている。
貴金属貨幣は主に収税業務の利便性向上や交易、そして兵士への給与のために鋳造、打刻された。また銅貨は地域の日常的な売買の補助として大量に発行されたと考えられる。概してアルサケース朝は、需要に応じた必要量を発行できたとみられている。
アルサケース朝君主の発行した貨幣は、ヘレニズム時代のギリシャ諸国家の貨幣の様式を模しており、大まかな意匠は王朝晩期を除き、ほぼ一貫性が見られる。
刻文を含めてギリシャ様式を採用したことから、王朝が貨幣発行を委託した技術者は主に都市在住のギリシャ人であったと考えられている。
つまり独立国家を築く以前のパルノイ部族連合内には、独自のギリシャ様式貨幣を鋳造、流通させるために必要な技術・経験を持った人材が全くいなかったことを示しており、彼らの出自が都市化が進んでいない遊牧民であったことを推測させる。
アルサケース朝に限らず、貨幣には様々な情報が刻まれている。
君主の風貌や様々な称号、出身、造幣所の場所、年代などである。
古代の貨幣は、貴金属の板を青銅或いは鋼製の表裏一組のダイス型に挟み、人力で叩いて作り出される。おおよそ一組のダイスで数千枚、出来の良いものは1万枚から2万枚程度は作成できたのではないかと言われている。それでも消耗品であるダイスはいずれ破棄される。また貨幣に記される情報は、毎年の年度初めに変更され、それに併せてダイスが作成あるいは修整されることが多かったようだ。
ダイス型を作成する職人は専門職であり、都市に在住し移動が制限されていたと思われる。君主は彼らに命じて貨幣を造らせるわけであるが、自国の領域を超えて広く流通する貨幣は、君主の名や権威を遠方に知らしめる政治的なプロパガンダの道具の一つと見なされていた。
君主の称号や血統の情報を貨幣を通じて広めると言う手法は、古代世界ではよく見られた。また即位した君主が前代の王と敵対していた場合は、前王の貨幣は回収され、新たな王によって全面、あるいは部分的に打ち直されて再利用された。こうすることで前王の権威を否定し、自分の地位の優位性を表現したのである。
アルサケース家と遊牧パルノイ族は、アレクサンドロス大王の東征によって政治秩序が崩壊したイーラーン高原、中央アジアに出現したセレウコス朝の統治領域を、東方からゆっくりと時間をかけて征服していった。
こうした軍事拡張の結果アルサケース朝は、在地の様々な農耕民や軍事コロニーを形成していたギリシャ人に加え、絶えず進入、定住、撤退を繰り返す様々な遊牧諸族をも含む多言語・多民族国家となっていった。そうしてアルサケース朝は彼ら全てが納得するような王権の正統性に苦慮することになったのである。
アルサケース1世は、結局のところ前王朝たるセレウコス朝の前例を参考にしたと考えられる。
セレウコス朝の統治原理は「槍によって奪った領土」、つまり「征服したものは合法的な統治権(と義務)を有する」と言うマケドニア由来と思われるものであった。
前王朝との血統的な正統性を持たないアルサケス1世も、セレウコス朝を打ち破ったという実績に基に、この統治原理を採用せざるを得なかったようである。ただし初期のアルサケース家ととゾロアシュタル教の聖地であるラガエとの親密な関係を考えると、宗教勢力との連携で王権の強化を図ろうとした可能性もあり、ハカマーニシュ朝の浮き彫りに見られる王権神授の思想を継承したとも考えられる。「槍によって奪った領土」と言う統治原理は、ローマに対する軍事的劣勢や、王家の内紛によって王権の権威低下が顕著になった紀元1世紀末まで採用され続けた。
アルサケース朝の貨幣は、こうした王権感が反映されているのである。
地下に埋められた貯蔵庫などから出土するアルサケース朝の貨幣は、ヘレニズム諸国家の貨幣と同じく、表の面に肩から上がを写した君主の横顔の肖像(一部に正面の肖像が刻まれたものもある)が描かれている。
まず王の着衣がヘレニズム諸王と異なり、ペルシアのサトラペースの着衣であるバシリクを身にまとっていることが特徴として挙げられる。
また貨幣上のアルサケースの肖像は、アルサケース1世から数代はサカイ族風のとんがり帽子を被っている没個性なものだが、ギリシャ世界との接触が増えるにつれ変化が見られた。おそらくはギリシャ人に対するパフォーマンスとして、ミトリダテース1世時代からヘレニズム王朝で採用された王権を象徴する鉢巻き(ディアディム)を頭部に巻く形になったのである。
さらにミトリダテース2世以後はイーラーン王朝の継承者として王冠(ティアラ)を被る画像に変更されたものも現れる。この王冠はサーサーン朝にまで引き継がれることになった。さらに王冠や君主像のの装飾として、円や小さな球形(星を表すと思われる)、半月、三日月様の装飾が多用されている。これはアンミアーヌス・マルケッリーヌスが文献で述べているように、アルサケース朝やサーサーン朝の君主が「太陽と月の兄弟あるいは友(たる星々)」の化身であると言う王家の神格化理論に基づいていると思われる。パルノイ族の間では、アルサケース1世は死後にに星神となって天に昇ったとする伝承があったようである。
またシナトルーケース1世によってインドに侵入したサカイ族を部族に組み入れて以後のアルサケースに特に見られるものだが、王の神聖を表現するテクニックとして、肖像の額に王の資質と神の恩寵を意味するフウァルナーを象徴する球状の突起、黒子を描いている貨幣がある(オローデース2世など)。後のクシャーン朝の諸王や仏陀像などにも見られる意匠であり、中央アジアかインド・アーリヤの伝統の手法が持ち込まれたものとされる。
またアルサケース朝君主の外見的特徴として、イーラーン系君主に長く用いられる髪の毛を真ん中で分けて、両耳付近で束ねカールをかける独特の髪型と長く垂らされた頬髭、顎髭の存在がある。髭に関してはアルサケース朝君主は成人(数え年15歳)から伸ばし始め、きちんと手入れはするものの、基本的に剃り落とすことはなかったと思われる。そのため髭の長さでおおよその君主の年齢を推測できる。
裏面におおまかに分ければ2種類のデザインが存在する。まずほとんどの貨幣に採用されているのが中央に「合成弓を持つ王侯座像」が刻まれたものである。この王侯はギリシャ神話においてアポローン神が座す世界の中心を表す臍石オンファロスに座し(後に王座に変化する)、ペルシャ風の襞のある服、ズボン、ブーツを身につけ、マントを羽織り、サカイ族風の耳当てのある尖り帽子を被り、右手には弓を差し出すように持っている。服装はペルシャ風であるが、ギリシャ的に神格化された図像である。開祖アルサケース1世の貨幣から王朝末期まで変わらず採用され続けたデザインであり、アルサケース朝の王権の正統性を象徴するものであったと考えられている。
もう一つは勝利の女神ニケー(あるいはテュケー)が、騎乗している王に軍事的な勝利を示すナツメヤシの葉(軍事的な才能や恩寵としてのフウァルナー)を授ける、或いは騎乗している王の頭上をナツメヤシの葉を持ったニケーが舞っていると言うデザインである。これは君主が戦争で大勝利を収め、その将帥としての才能と成功を喧伝する際に用いられたようである。
この二つのデザインは前者の方が重要度が高く、標準的なものであったと見なされている。
「合成弓を持つ王侯座像」については、一般には神格化された開祖アルサケース1世であるとする説が有力である。ただし、そのアルサケース1世の貨幣についても同様のデザインが刻まれており、元来はこの王侯像はアルサケース1世個人ではなく、パルノイ族あるいはサカイ族の祖先神たるアルサケース(アルシャク、偉大なるサカ人、あるいは英雄の意味)、もしくは遠い過去の部族の祖先たる神話的人物アルシャクを表していたと考えられる。キリスト教におけるアダムと同じであると言えるだろう。それがアルサケース2世以後は、アルサケース1世個人と同一視されるようになり、武力を持って大領土を征服したアルサケース1世の武勇と征服の正当を体現する存在にまで昇華されたのであろう。以後の君主が全てthrone nameとしてアルサケースを名乗るようになった事も、この人物像がアルサケース1世と同一視されていた事を示唆している。
この貨幣の中の英雄神アルサケース倚像は、手に持った弓を誰かに受け渡そうとするかのような姿勢をとっている。合成弓は古代からイラン民族では王権を象徴する物品である(スキュティアー王の銀貨では弓を持った騎馬像として王が描かれているし、ビヒストゥーンの摩崖浮彫ではアカイメネース朝のダーレイオス1世は手に王権の象徴として弓を持っている)。そしてアルサケース倚像が弓を差し出している相手は、表面の肖像の王侯であるから、即ち正統なる王位継承の儀式を象徴するものであり、貨幣の発行者は開祖神アルサケースから認められた王であると言う王権神授の様を人々に知らしめている訳である。
神が王者に弓を授けると言うデザインはアルサケース朝独自のものではなく、前例として非常によく似たデザインのアポローン神を刻んだ貨幣も存在する。貨幣を最初にデザインした技術者は、これを参考にしたものと思われる。つまり王侯倚像は祖先神アルサケースであり英雄神アルサケース1世であり、ギリシャ人にとってはアポローン神であり、イラン在地の人々には契約神であり太陽の神でもあるミトラをも表している可能性があろう。さらに言えば、神格化された英雄的な何人かのアルサケースも習合されていったと思われる。
裏面には中心に据えられた神像の他に、様々な刻文や記号が打たれていることが多い。主にギリシャ語で書かれた王を賞賛しする称号の類い。発行年代。発行場所を表す記号であるミントマーク。そしてモノグラムである。
ミントマークは発行した都市毎に異なるので、その都市を支配下に置いているという証拠となり、貨幣の発見場所の分布状況と合わせて発行者の勢力範囲を決定する有力な情報となる。
モノグラムは2つ以上の文字や書記素を組み合わせた記号であり、貨幣に刻まれる場合は発行者の表現したい情報を少ないスペースで示すために用いられた。またミントマークもモノグラムの一種であると言える。バクトリア王国の開祖ディオドトス1世の「花冠」を模したモノグラムやエリュマイス王国の発行貨幣のスーサ王家を象徴するΔを変形させた「錨」型のモノグラムが知られる。「花冠」はおそらくはディオドトス1世の遊牧民に対する軍事的な勝利を表現したものであり、スーサの「Δ=錨」のモノグラムはセレウコス朝の発行した貨幣にも見られる事から、王家がセレウコス家の血統を受け継いでいる(つまり後継者と主張している)か、或いはその宗主権を認めていることを暗示している。ただアルサケース朝発行貨幣には象徴的モノグラムはあまり刻まれていないようである。
発行年を表す場合はマケドニア式セレウコス暦で記載されるが、ギリシャ数字ではなくギリシャ語のアルファベットを数字に置き換えて表現する。以下にギリシャ語アルファベットと数字の相関を記しておくと、Α1 Β2 Γ3 Δ4 Ε5 F/V6 Ζ7 Η8 Θ9 Ι10 Κ20 Λ30 Μ40 Ν50 Ξ60 Ο70 Π80 コッパ90 Ρ100 Σ200 Τ300 Υ400 Φ500 Χ600 Ψ700 Ω800 サンピ900(コッパとサンピは使われなくなった文字であるためカタカタ表記とした)となる。即ち貨幣に「ΒΓΗ」とあれば「238年」となる。
アルサケース(アルシャク)朝研究には古銭学な見地が欠かせない。碑文も少なく同時代の文献資料がほとんど無いアルサケース朝時代の研究において、貨幣とその銘文が語る情報は、特に歴代のアルサケースの在位年などを推測する唯一の材料となるケースが多いからだ。
アルサケース達が発行させた貨幣は、主にドラクマ銀貨(約3.2g)、テトラドラクマ銀貨(約11.5g)と銅貨であり、多くの種類が発見されている。
貴金属貨幣は主に収税業務の利便性向上や交易、そして兵士への給与のために鋳造、打刻された。また銅貨は地域の日常的な売買の補助として大量に発行されたと考えられる。概してアルサケース朝は、需要に応じた必要量を発行できたとみられている。
アルサケース朝君主の発行した貨幣は、ヘレニズム時代のギリシャ諸国家の貨幣の様式を模しており、大まかな意匠は王朝晩期を除き、ほぼ一貫性が見られる。
刻文を含めてギリシャ様式を採用したことから、王朝が貨幣発行を委託した技術者は主に都市在住のギリシャ人であったと考えられている。
つまり独立国家を築く以前のパルノイ部族連合内には、独自のギリシャ様式貨幣を鋳造、流通させるために必要な技術・経験を持った人材が全くいなかったことを示しており、彼らの出自が都市化が進んでいない遊牧民であったことを推測させる。
アルサケース朝に限らず、貨幣には様々な情報が刻まれている。
君主の風貌や様々な称号、出身、造幣所の場所、年代などである。
古代の貨幣は、貴金属の板を青銅或いは鋼製の表裏一組のダイス型に挟み、人力で叩いて作り出される。おおよそ一組のダイスで数千枚、出来の良いものは1万枚から2万枚程度は作成できたのではないかと言われている。それでも消耗品であるダイスはいずれ破棄される。また貨幣に記される情報は、毎年の年度初めに変更され、それに併せてダイスが作成あるいは修整されることが多かったようだ。
ダイス型を作成する職人は専門職であり、都市に在住し移動が制限されていたと思われる。君主は彼らに命じて貨幣を造らせるわけであるが、自国の領域を超えて広く流通する貨幣は、君主の名や権威を遠方に知らしめる政治的なプロパガンダの道具の一つと見なされていた。
君主の称号や血統の情報を貨幣を通じて広めると言う手法は、古代世界ではよく見られた。また即位した君主が前代の王と敵対していた場合は、前王の貨幣は回収され、新たな王によって全面、あるいは部分的に打ち直されて再利用された。こうすることで前王の権威を否定し、自分の地位の優位性を表現したのである。
アルサケース家と遊牧パルノイ族は、アレクサンドロス大王の東征によって政治秩序が崩壊したイーラーン高原、中央アジアに出現したセレウコス朝の統治領域を、東方からゆっくりと時間をかけて征服していった。
こうした軍事拡張の結果アルサケース朝は、在地の様々な農耕民や軍事コロニーを形成していたギリシャ人に加え、絶えず進入、定住、撤退を繰り返す様々な遊牧諸族をも含む多言語・多民族国家となっていった。そうしてアルサケース朝は彼ら全てが納得するような王権の正統性に苦慮することになったのである。
アルサケース1世は、結局のところ前王朝たるセレウコス朝の前例を参考にしたと考えられる。
セレウコス朝の統治原理は「槍によって奪った領土」、つまり「征服したものは合法的な統治権(と義務)を有する」と言うマケドニア由来と思われるものであった。
前王朝との血統的な正統性を持たないアルサケス1世も、セレウコス朝を打ち破ったという実績に基に、この統治原理を採用せざるを得なかったようである。ただし初期のアルサケース家ととゾロアシュタル教の聖地であるラガエとの親密な関係を考えると、宗教勢力との連携で王権の強化を図ろうとした可能性もあり、ハカマーニシュ朝の浮き彫りに見られる王権神授の思想を継承したとも考えられる。「槍によって奪った領土」と言う統治原理は、ローマに対する軍事的劣勢や、王家の内紛によって王権の権威低下が顕著になった紀元1世紀末まで採用され続けた。
アルサケース朝の貨幣は、こうした王権感が反映されているのである。
地下に埋められた貯蔵庫などから出土するアルサケース朝の貨幣は、ヘレニズム諸国家の貨幣と同じく、表の面に肩から上がを写した君主の横顔の肖像(一部に正面の肖像が刻まれたものもある)が描かれている。
まず王の着衣がヘレニズム諸王と異なり、ペルシアのサトラペースの着衣であるバシリクを身にまとっていることが特徴として挙げられる。
また貨幣上のアルサケースの肖像は、アルサケース1世から数代はサカイ族風のとんがり帽子を被っている没個性なものだが、ギリシャ世界との接触が増えるにつれ変化が見られた。おそらくはギリシャ人に対するパフォーマンスとして、ミトリダテース1世時代からヘレニズム王朝で採用された王権を象徴する鉢巻き(ディアディム)を頭部に巻く形になったのである。
さらにミトリダテース2世以後はイーラーン王朝の継承者として王冠(ティアラ)を被る画像に変更されたものも現れる。この王冠はサーサーン朝にまで引き継がれることになった。さらに王冠や君主像のの装飾として、円や小さな球形(星を表すと思われる)、半月、三日月様の装飾が多用されている。これはアンミアーヌス・マルケッリーヌスが文献で述べているように、アルサケース朝やサーサーン朝の君主が「太陽と月の兄弟あるいは友(たる星々)」の化身であると言う王家の神格化理論に基づいていると思われる。パルノイ族の間では、アルサケース1世は死後にに星神となって天に昇ったとする伝承があったようである。
またシナトルーケース1世によってインドに侵入したサカイ族を部族に組み入れて以後のアルサケースに特に見られるものだが、王の神聖を表現するテクニックとして、肖像の額に王の資質と神の恩寵を意味するフウァルナーを象徴する球状の突起、黒子を描いている貨幣がある(オローデース2世など)。後のクシャーン朝の諸王や仏陀像などにも見られる意匠であり、中央アジアかインド・アーリヤの伝統の手法が持ち込まれたものとされる。
またアルサケース朝君主の外見的特徴として、イーラーン系君主に長く用いられる髪の毛を真ん中で分けて、両耳付近で束ねカールをかける独特の髪型と長く垂らされた頬髭、顎髭の存在がある。髭に関してはアルサケース朝君主は成人(数え年15歳)から伸ばし始め、きちんと手入れはするものの、基本的に剃り落とすことはなかったと思われる。そのため髭の長さでおおよその君主の年齢を推測できる。
裏面におおまかに分ければ2種類のデザインが存在する。まずほとんどの貨幣に採用されているのが中央に「合成弓を持つ王侯座像」が刻まれたものである。この王侯はギリシャ神話においてアポローン神が座す世界の中心を表す臍石オンファロスに座し(後に王座に変化する)、ペルシャ風の襞のある服、ズボン、ブーツを身につけ、マントを羽織り、サカイ族風の耳当てのある尖り帽子を被り、右手には弓を差し出すように持っている。服装はペルシャ風であるが、ギリシャ的に神格化された図像である。開祖アルサケース1世の貨幣から王朝末期まで変わらず採用され続けたデザインであり、アルサケース朝の王権の正統性を象徴するものであったと考えられている。
もう一つは勝利の女神ニケー(あるいはテュケー)が、騎乗している王に軍事的な勝利を示すナツメヤシの葉(軍事的な才能や恩寵としてのフウァルナー)を授ける、或いは騎乗している王の頭上をナツメヤシの葉を持ったニケーが舞っていると言うデザインである。これは君主が戦争で大勝利を収め、その将帥としての才能と成功を喧伝する際に用いられたようである。
この二つのデザインは前者の方が重要度が高く、標準的なものであったと見なされている。
「合成弓を持つ王侯座像」については、一般には神格化された開祖アルサケース1世であるとする説が有力である。ただし、そのアルサケース1世の貨幣についても同様のデザインが刻まれており、元来はこの王侯像はアルサケース1世個人ではなく、パルノイ族あるいはサカイ族の祖先神たるアルサケース(アルシャク、偉大なるサカ人、あるいは英雄の意味)、もしくは遠い過去の部族の祖先たる神話的人物アルシャクを表していたと考えられる。キリスト教におけるアダムと同じであると言えるだろう。それがアルサケース2世以後は、アルサケース1世個人と同一視されるようになり、武力を持って大領土を征服したアルサケース1世の武勇と征服の正当を体現する存在にまで昇華されたのであろう。以後の君主が全てthrone nameとしてアルサケースを名乗るようになった事も、この人物像がアルサケース1世と同一視されていた事を示唆している。
この貨幣の中の英雄神アルサケース倚像は、手に持った弓を誰かに受け渡そうとするかのような姿勢をとっている。合成弓は古代からイラン民族では王権を象徴する物品である(スキュティアー王の銀貨では弓を持った騎馬像として王が描かれているし、ビヒストゥーンの摩崖浮彫ではアカイメネース朝のダーレイオス1世は手に王権の象徴として弓を持っている)。そしてアルサケース倚像が弓を差し出している相手は、表面の肖像の王侯であるから、即ち正統なる王位継承の儀式を象徴するものであり、貨幣の発行者は開祖神アルサケースから認められた王であると言う王権神授の様を人々に知らしめている訳である。
神が王者に弓を授けると言うデザインはアルサケース朝独自のものではなく、前例として非常によく似たデザインのアポローン神を刻んだ貨幣も存在する。貨幣を最初にデザインした技術者は、これを参考にしたものと思われる。つまり王侯倚像は祖先神アルサケースであり英雄神アルサケース1世であり、ギリシャ人にとってはアポローン神であり、イラン在地の人々には契約神であり太陽の神でもあるミトラをも表している可能性があろう。さらに言えば、神格化された英雄的な何人かのアルサケースも習合されていったと思われる。
裏面には中心に据えられた神像の他に、様々な刻文や記号が打たれていることが多い。主にギリシャ語で書かれた王を賞賛しする称号の類い。発行年代。発行場所を表す記号であるミントマーク。そしてモノグラムである。
ミントマークは発行した都市毎に異なるので、その都市を支配下に置いているという証拠となり、貨幣の発見場所の分布状況と合わせて発行者の勢力範囲を決定する有力な情報となる。
モノグラムは2つ以上の文字や書記素を組み合わせた記号であり、貨幣に刻まれる場合は発行者の表現したい情報を少ないスペースで示すために用いられた。またミントマークもモノグラムの一種であると言える。バクトリア王国の開祖ディオドトス1世の「花冠」を模したモノグラムやエリュマイス王国の発行貨幣のスーサ王家を象徴するΔを変形させた「錨」型のモノグラムが知られる。「花冠」はおそらくはディオドトス1世の遊牧民に対する軍事的な勝利を表現したものであり、スーサの「Δ=錨」のモノグラムはセレウコス朝の発行した貨幣にも見られる事から、王家がセレウコス家の血統を受け継いでいる(つまり後継者と主張している)か、或いはその宗主権を認めていることを暗示している。ただアルサケース朝発行貨幣には象徴的モノグラムはあまり刻まれていないようである。
発行年を表す場合はマケドニア式セレウコス暦で記載されるが、ギリシャ数字ではなくギリシャ語のアルファベットを数字に置き換えて表現する。以下にギリシャ語アルファベットと数字の相関を記しておくと、Α1 Β2 Γ3 Δ4 Ε5 F/V6 Ζ7 Η8 Θ9 Ι10 Κ20 Λ30 Μ40 Ν50 Ξ60 Ο70 Π80 コッパ90 Ρ100 Σ200 Τ300 Υ400 Φ500 Χ600 Ψ700 Ω800 サンピ900(コッパとサンピは使われなくなった文字であるためカタカタ表記とした)となる。即ち貨幣に「ΒΓΗ」とあれば「238年」となる。
![]() | イスタンブールの大聖堂―モザイク画が語るビザンティン帝国 (中公新書) (2003/02) 浅野 和生 商品詳細を見る 美術史的な視点からビザンツ帝国文明を語った本。 |
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やっと引越しが終わったものの、本棚の整理はいまだ半分。実家の押し入れにある分を移動しないといけないが。うーん。時間がない。
という事で買う予定の本とか。
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![]() | フィレンツェ史(下) (岩波文庫) (2012/04/18) マキァヴェッリ 商品詳細を見る 新訳という事で購入予定。ルネサンス時代は詳しくないけれど、マキャベリの主要著作ぐらいは抑えておかないといけないかな。 |
![]() | 諸国征服史 第1巻 (イスラーム原典叢書) (2012/04/27) バラーズリー 商品詳細を見る ようやく出版されます。とても高いけれどまずは買ってみるか。 |
![]() | 中世教皇史 (2012/03) G.バラクロウ 商品詳細を見る 西洋史もたまには読んでみるかな。 |
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今回はローマ関連の新刊情報などを。
![]() | Imperial Rome, Ad 284 to 363 (The Edinburgh History of Ancient Rome) (2012/05) Jill Harries 商品詳細を見る 帝政ローマ:後期の変容。後期ローマ帝国からビザンツ帝国への変容の時代に関する新著。ハードカバー版は3月、ペーパーバック版は5月発売。値段的にはペーパーバック版がおすすめ。 |
![]() | Rome and the Mediterranean, 290 to 146 Bc (The Edinburgh History of Ancient Rome) (2012/05) Nathan Rosenstein 商品詳細を見る 同じくエジンバラ大出版のシリーズ。こちらはマケドニア戦争への無定見な介入をきっかけとして、都市国家から地中海帝国へと変貌を余儀なくされたローマ興隆期を描くようだ。 |
![]() | Augustan Rome 44 Bc to Ad 14 (2012/05) J. S. Richardson 商品詳細を見る ローマ史シリーズその3はタイトル通り初代ローマ皇帝の時代です。 |
Category: 雑談 Tags: ---
新刊情報その1
![]() | The Ottoman World (Routledge Worlds) (2011/12/14) Christine Woodhead 商品詳細を見る 興味深そうなタイトルが並ぶ論文集。お値段は相当のものですが、最先端の研究動向を知るためには目を通したいところ。 |
![]() | Persia in Crisis: Safavid Decline and the Fall of Isfahan (International Library of Iranian Studies) (2011/12/15) Rudi Matthee 商品詳細を見る マテー氏の本著は末期サファヴィー朝研究の決定版としてオックスフォードでも評価が高いようだ。サファヴィー朝に興味のある方は本棚に置いておくべきでしょうね。私も欲しいが金がないw |
![]() | The Ottomans and the Mamluks: Imperial Diplomacy and Warfare in the Islamic World (Library of Ottoman Studies) (2013/02) Cihan Yuksel Muslu 商品詳細を見る オスマンとマムルーク朝との外交を扱った研究書?マイナーだが。 |
![]() | Visions of the Ottoman World in Renaissance Europe (2012/05) Andrei Pippidi 商品詳細を見る 未読。ルネッサンス期のオスマン帝国に対するイメージを研究する書? |





































