カルバラーの悲劇

 預言者や教友達の言行録ハディース集の中の一つには、ムハンマドは、ムスリムの共同体ウンマが分裂し、やがて73の分派が現れるだろうと預言した、と言う記述があるものがあります。
 そして天国に行けるのは、この中のたった一つ「アフル・アルジャマーア」のみであると断言するのです。この言葉に影響を受けて、生まれていったのが現在の多数派であるスンナ派(スンナと共同体の民、アフル・アッスンナ・ワ・アルジャマーア)なのです。
 スンナとは、ムハンマドの言行に基づき生まれていった規範のことで、これに従うのがムスリムの勤めとされています。
 ジャマーアは、「集団」あるいは「統一」を意味し、スンナ派が形成されていった課程で、ウンマと同意の「ムスリムの国家共同体、統一体」の意味で用いられるようになった言葉です。
 これに対して、反体制側となったシーア派は、以後様々な分派が生みつつ、自分たちの正統を主張していくことになります。
 時代は一つの主張によってまとめられた理想的社会から離れ、分裂と迷走の時代へと突入していきます。
 人々は勿論、我らこそアフル・アルジャマーアであると信じて。

 さて、アリーが死去しウマイヤ朝が成立した後、シーア派の拠点であったクーファの人々は、ムアーウィアの派遣した総督ズィヤード・ブン・アブー・スフヤーンに警戒、監視され、人々は、その強圧的な(ムアーウィアから見れば合理的な)支配に反感を持っていました。
 憤ったクーファの市民の代表たるフジュル・ブン・アディーは、一時ズィヤードに反旗を翻して、彼を拘束しました。
 しかしフジュルは、軍事衝突に発展することを望まなかったため、処刑等は行わずズィヤードを解放し、シリアのムアーウィアにズィヤードの不正を告発し、対処を求める書簡を持って帝国の新たな首都ダマスカスに赴きました。
 ところがムアーウィアは、フジュルと彼に同行したクーファの要人を、有無を言わさず捕らえ、処刑してしまったのです。
 これは人々に深い憤りをもたらし、クーファはシーア派に属さない人々を含めて、反ウマイヤ家一色に染まったと言います。

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