シーア派の歴史9「ムスアブとアッズバイル」

 アッズバイルの勢力は広大ではありましたが、一枚岩とは言い難く、かつてのアリーのように内部の人々が志向する共同体的統治システム、あるいは無秩序的懐古主義に足元を揺さぶられていました。
 だが、そうした自身や、近親者の利害を貪欲に求めるアシュラーフの影響下にある人々を中心とした軍事力こそが、アッズバイルの基盤でもあったのです。しかも兵士達は、敵手たるジュンドの兵士に比べ、実戦経権にめぼしく、その武力は相対的に劣っていたとも推測されます。
 各地に部隊を派遣して、足元をなんとか固めたアッズバイルは、敵勢力との接点に存在するが故に、最前線として重要拠点となったバスラの総督として、その奪回に功績のあった弟のムスアブ・ブン・アッズバイルを送り込みました。
 ムスアブはアズラク派の侵攻に備えて、傭兵将軍として名高い部将ムハッラブ・ブン・アビー・スフラをドゥジャイルに送り込むと、自身はムフタール対策に専念することになります。
 ムスアブは、まずクーファのアシュラーフに密使を送り込んで、接触を繰り返し内情を探らせました。
 そしてクーファの人心が、ムフタールをすでに離れていることを確信しました。
 内応工作の結果、クーファのアシュラーフの中にバスラへ亡命するものが現れるに及んで、クーファに軍事侵攻を開始することをムスアブは決意し、ドゥジャイルのムハッラブをバスラに帰還させました。
 さてムスアブは、イスラム史上でも有名な人物です。
 決して敬虔なムスリムとは言えず、礼拝では異端的で不遜な言葉を吐き、また放尿をしながら神は偉大なりと叫んで、バスラの賢人アフナフ・ブン・カイスに叱責されたとも言います。他にも生真面目で信仰に真摯な人物をからかうような言動、行動があったとされています。
 他方好意的な逸話も多数残っています。
 例えば妻への膨大な持参金の話で知られているように、大変気前が良く、「贈り物箱」のあだ名を持ち、兄アブド・アッラーフの紹介で資金援助のためにムスアブを訪れた人は、求めた額の100倍の金額を与えられ、アブド・アッラーフを呆れさせたと言います。
 また「人々の中で最も姿に優れ、最も勇敢で、最も度量が深い」と賞賛され、大変な美丈夫で、カリスマにあふれた好人物であったとされてもいます。
 またその妻は教友タルハの娘(アブー・バクルの孫娘にもあたる)アーイシャ・ブン・タルハとアルフサインの娘(つまりアリーの孫)スカイナ、他にもアマ・アルハミード、イブン・ルバーブがおり、彼女らも大変美貌の持ち主としてイスラーム史上の著名人です。

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